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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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遺品を貰いました。
義父の部屋はもう引き払ってしまうので、大部分のものは清掃業者さんに処分してもらいます。
思い出は物にあるんじゃなくて、心の中にありますから。

とはいえ多少は欲しいものをお互い在ったようで、義兄は何もいらないそうですが、義姉は少し持ち帰ったそうです。
我が家も私が欲しいものがあり、家内が欲しいものと合わせて結構な量をゆうパックで送ってきました。

義父の宗教グッズは家内が貰いました。天狗がもつようなその宗派独特の凄い数珠とか。その他色々。
義父は民間の芸術家でもありました。書や画を良くし、書道教室で生計を立てていた時期もあります。作品もいくつか持ってきたのかな?大抵色紙とか篆刻(てんこく と読みます。辞書引いてみてください。手間のかかるものです。)とか紙のものなので、どうしたのだろうか。描きかけの仏画は義姉が続きをやろうか と持ち帰ったそうです。仏画って写仏ね。下に絵を敷いて、上に紙を置いて、なぞるように描く。結構大変ですよ。

私は義父の衣類が欲しくて、パジャマや部屋着を持ってきてもらいました。大体サイズが同じなんです。
あとは毛布。義父がずっと使っていたものです。
赤い模様でサッカーの絵が描いてあります。サッカーボールとか。温かそうですよ。タオルとか、シーツとか、我が家で傷んでいるものも結構もらってきました。

それから掃除機貰いました。
義父に掃除のヘルパーさんを入れる時、ダイソンの型落ちの掃除機を買いまして、今年の2月から週に一度掃除をして貰っていました。たいしてつかわないうちに他界したので、我が家で貰うことにしました。

自分が贈ったものって、思い入れありますよね。
義姉は自分が贈ったコーヒーカップを持って帰ったそうです。

いわゆる形見分けはしません。

葬儀もきょうだい3人と、長男の奥さんと、その息子さん(孫)に、いとこ衆2人で、香典も何もなし、お経を読んでもらって、義父は実家でしばらく置いて、皆が都合が良い時にお墓に収めるそうです。
香典がないんだから、のげし もなし。のげしって、私の育った地方で言うところの会葬御礼です。酒とか、塩とか、海苔とか、お茶とか入れたもの。香典返しは別物です。最近は当日返しと言うのもあるそうですね。

実家は仏教で葬式やるので、子供の頃さんざん見てましたから。


そのお墓はそのうち墓じまいしちゃうらしいですけど、それはもう義兄の考え一つなので、構わないと、家内は言っております。
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