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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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介護屋だった頃の大震災
東日本大震災から3年経ちました。

まだ3年?
もう3年?

あの日は、まだ介護屋でした。金曜日だったと思います。ホームの夜勤をしていました。

当地は震度5弱でしたが、倒壊等はなく、被害はありませんでした。

地震直後、とにかく責任者の方の携帯電話にメールをしましたね。

何々ホーム、被害無し、ライフライン被害無し

バックで、了解 と返信が来ました。


揺れた直後は通じたんです。

その後、利用者の方々が、昼間の施設から帰宅されて、無事に過ごされました。

安否を連絡するのに、深夜迄掛かったのを覚えています。


近しい方に、福島県の広野町出身の方があります。放射能レベルが下がらないので、親族の方は、内陸部で家は完全に無事ですけれど、今も仮説住宅におられます。


当地にも、多少有名な断層が走っています。江戸時代に遡らないと、地震を起こしていないので、近い将来、大震災を起こすかもしれません。

他人事ではないですよね。
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