bgcolor="#797979" background="http://templates.blog.fc2.com/template/hiphop/bg.gif">






プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



最新記事



カレンダー

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -



カテゴリ



リンク

このブログをリンクに追加する



QRコード

QR



昔話 心房中隔欠損症
先天性心臓疾患の中で、最も多いのは、心房中隔欠損症の様ですね。

ピンホールみたいな、ごく小さな穴?から、心房膜が全く無い程の状態迄、人により、様々で、一歳前後迄は、自然治癒力がかなりある事が、最近は解っているそうな。

前の職場の殿様は、思春期に、先天性心房中隔欠損症が判明したそうですが、たまの心電図くらいで、今日に至ります。

50年近く前の技術と、今の技術は、電卓と、ホストコンピューターくらい違うのです。

10年待てれば、技術力が追い付いてくる様な事柄が、医学には沢山ありますからね。

子供の頃、インフルエンザの確定診断の出来るキットも、予防接種も、タミフルも、リレンザもありませんでした。

インフルエンザと言う呼称もなくはなかったけれど、流行性感冒=流感と呼ばれる事が多かったし、ウィルス感染は判っていたのか知りませんが、風邪の酷いもの、と素人は思っていたと思います。

治療方法ですか?
現在の風邪薬の様なものと、解熱剤を飲んで、とにかく寝て、食べる!以上!

小学生くらいの頃に、抗生物質が普及して、飲むと劇的にすぐ良くなったものでしたから、耐性バイ菌なんかは、余り居なかったのかも。

ソ連風邪、香港風邪、スペイン風邪等が猛威を奮いましたが、これらはインフルエンザ、現在で言う、新型インフルエンザだったようです。


話は少し最近になります。2000年になったか、ならぬか、と言う頃、今の職場の上司と、同じ職場で駆け出し3年目くらいをやっていました。

その頃、今にして思えば、軽度の心房中隔欠損症だったのでは?と思い当たる、知的障害者入所更正施設の=上司がいた団体経営のところです、の行動障害者棟(正式名がこうでした。まだ措置健在の頃です)の利用者さんがおいででした。

自閉症のある方で、障害者支援を生業とするお母様、お姉さま、お姉さまの旦那様は、利用者さんが入所していた施設の、出世頭の常勤さんでした。お母様は、別の入所更正施設の、施設長さんだったそうです。



その方が、言葉が悪くて申し訳なく思いますが、何かの拍子にスイッチが入った様に、狂乱状態が長く続いた時があったのです。


措置時代の入所更正施設です。誰も悪くないかもしれませんが、支援ではなくて、指導をしていた様な時代でした。

我が儘が高じてしまったのかもしれません。

常に狂乱状態を続けていたら、誰でも、血圧が上がりっぱなしになります。

現在とは手術の技術も違う頃、お母様の強い希望で、地域の議員さんを動かして、その利用者さんは、する必要のない、穴を塞ぐ手術をされた事を思い出したのです。

自分が、何とかの瀬戸際で、かなり緊急性の高い手術をして頂きましたけれど、生命にすぐには別状ない限りは、安易な手術はお勧め出来ないのが、常識になっています。

心臓そのものを切るなんて、他に手段があって、1年でも半年でも、先送りに出来るなら、現在はそうしている様子です。


私が緊急性の高い手術をして頂いた、前の年には、データはかなり切迫していた様子で、でも、すぐには症状顕著にならなかった為に、主治医は承知で私に前の年に、手術の提案をしなかったとの事でした。

デパートですから、若い頃に、あちこち手術している私は、しみじみ、主治医が1年待った思いが解ります。

病院さん側は、現在の状態は、手術はまだ早いですから、と説得したらしいのですが、お母様は心配で、議員さんから病院さんに圧力を掛けて貰って、ごり押ししました。

身体の中を切る事は、差し迫ってから、迅速にすれば済む、と私は信じています。

知的障害も重い方でしたり、心配ですが、もうご縁がないので、わかりません。
スポンサーサイト





コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック