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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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女房自慢でも…
家内も別の場所で、何やら、書いているようですが、夫婦でお互いに読んでも仕方ないので、どこで何を書いているのかは、私は知りません。

昼間、おさんどん(食事つくりの事ですが、最近の方は使わないでしょうか)をしていると、家内の部屋から、手洗いや風呂場に行くには、台所を通らないと行くことが出来ないので、何回も家内が通りました。

で、肌着を持って、行ったり来たりしていたわけですが…
夕方、私の方が電池が切れて、『すまぬが、飯時だけれど、寝てしまうので、これらの中で、食べられる物を適当に食べて』と言って、自室に引っ込むと。
しばらくして、半分、私が眠りかけた頃に、風呂に入る音が聞こえてきました。
夜になると、どう頑張っても事実上入れない事を、夫婦ともに知っているので、頑張ったんでしょうね。

私が起きたのは、21時ころ。NHKの大河ドラマがエンドテロップを出しているような頃でした。

作っておいたものは、昨夜から仕込み始めた、筍の土佐煮(私の知っている言葉だと、殿の尾煮?栂ノ尾煮?)、筍の刺身(ゆでた穂先の方です)。本日始めたのが、ポトフみたいな代物(大根が長い事、冷蔵庫で留守番をしていましたので、それを使おうと思いまして。大根、人参、ぶなしめじ?だったかな?と、からからに炒ったベーコンと、残り物のソーセージ。)蕗(ふき です)をきゃらぶきにしようか と思ったのですが、あいにく、本物のきゃらぶきは作り方が判らないので、きゃらぶきもどきにしました。きゃらぶきって、要するに、蕗の佃煮みたいなものですよね?

私は何故か、コメのごはん(要するに飯です)が苦手で、和風のおかずを食べながら、パンを食べる変なやつなので、ご飯のお供みたいなものは、余り食べません。塩辛いから。
家内は、ご飯が不通に好きですから(こっちが当たり前です)きゃらぶき きっと食べるだろうな と思ったからなのですけれど、もどきになってしまいました。

あとは何を作ったっけ?まあ、その程度です。


で、これから、家内の自慢話をするのですがね。


この年度末で、一緒になって、丸5年がたったそうです。(我が家は訳あって、事実婚。婚姻届出せません。)
一緒になって、半年?1年?くらいで、家内の『鬱病』が尋常な状態でない事に気づき、半年?1年?かけて説得して、入院させました。半年くらいで、退院できました。この時点で、2年たってます。
次の年は、私が春先におかしくなり、その年1年は、私は心臓切って、結構危ない思いをしていましたから、これで、3年です。
3年目の途中、心臓切って、(1週間で退院させられちゃうんです)帰宅して、すぐに、家内に障害程度区分をつけて(認定調査を依頼しました。)私も手帳を取って(これは自分で手続きよ)、家内には手帳だけは取ってありましたかqら、障害程度区分をとにかく1で付けて貰って、ヘルパーさんの利用を家内にしてもらいました。

それから、3年近くなりますかね…
年々、障害程度区分の見直しをしてもらい、(今はやっと2になりました。)利用時間も自費を足して増やして、昨年の秋には、サービス支給時間を自治体に申し出てほんの少しですが、増やしてもらい、その間に、訪問マッサージさん(医療保険で使える医師の同意書が必要な針灸按摩師の方が、来て下さるもの)、精神科の訪問看護ステーションさん、と、立て続けに、家内にはサービスを入れました。

それ以前に、精神障害者の方の作業所から、週に3回、宅配の惣菜もいただくようにしました。

私は支援者ですから、社会資源の活用 等と言いますが、家内本人が、自分で楽に、したいこと、しなくてはいけない事を躊躇なく行えるようにしてやりたいと思って、かなりの量のサービスを入れています。

家内は一般の人ですから、亭主が支援者でも、本人は支援の事は知らない訳です。

それでも、何とか、支援者の方々を『受容』出来る様になりました。
一緒になった頃の家内に比べると、人が変わった様になりました。
勿論、いつも不調著しく寝ているしかない状態が続いていますが、私は毎日、自宅に居る訳ではなく、学校に行っていたり、普段はもちろん、働いていますから、昼間ずっと一人です。
夜勤をして居た頃は、24時間一人の事もありました。

退院してからすぐは、見た目には元気そうに見えたんですよ。
緊張がほぐれていなくて、支援者の方々に対して、警戒心が解けないので、早朝の3時から、きちんと化粧をして、外出着を着て、時間よりずっとずっと早くから、準備をしていました。

今は、本当に緊張がほぐれて、寝間着です。
寝間着が良いわけではないですけれど、支援者の方、特にヘルパーさん(全員女性の方です。これは家内の希望と、先方様の相性かな?)に対しては、全く緊張しなくなりました。

これがないと、良くならない。

訪問マッサージさんも、希望して、女性の方に来ていただいています。

訪問看護ステーションの方は、室長さんが男性で。PSWの方。若い女性の方がおいでで、この方も、PSW。NSの男性(私より、少しお若いかな?)がおられて、この方、良い方ですが、ちょっとまだスキル不足?と、週により、どなたが来るかは、その週に来た方が、翌週どなたが来るかのメモを書いていってくださいます。
来る方により、本人なりに対応を無意識に変えていると言うか、利用をしていると言う様な様子がうかがえます。

精神障害のある家族は、私は家内が初めてですから、(血縁者にはおりませんでした)自分も支援者ですけれど、家族が利用者になって、支援者の方々と関わりながら、成長していくのを見るのは初めてなのです。

一緒になって5年の間に、発見から始まって、入院、退院、支援の利用開始と私の厄介な手術、様々なサービス受給のための手続きや、申出や、更新や、何やら。書類を書くのは私ですが、家内に必要な物は何か をある程度判断したら、本人に説明をしますよね?それに何とかついてきてくれて、本人なりに、支援者の方々との信頼関係を構築していっている姿は、見ていて、本当にありがたいです。

支援者の方々には勿論大感謝ですけれど、家内の『治りたい!』と言う強い思いと、サービスを利用することが今は必要なのだ と言う理解が合致してくれているのが本当にありがたい。

サービスが必要な方程、かたくなに拒まれる と言う様な場面に、支援者として、出会うのです。
何とか支援を入れたいけれど、ご本人や、ご家族が、『うちの○○はそんなサービスが必要なほど、おかしくありません!』と言う事になってしまいますと、厄介ですから、切り出すことも難しい時もあります。

支援とお手伝い、家政婦がごっちゃになってしまう方もありますし…

家内が100点満点の利用者だとは思いませんが、及第点くらいは取れていて、それなりの効果も少しずつ得てきている、それを本人が、ある程度自覚、理解してくれている と言う事が、とてもうれしい事ですし、褒めてやりたいと思います。


実際問題、行政にサービスや支援を求めに行きますと、窓口が複雑だったり、話が掛け違ったりして、さっぱり支援に結びつかない事が良くあります。
支援を求めに行っている、本人さんのご家族様が主張されていることが、行政とはそぐわない事だったりもします。
机上の空論になりやすい事も確かなんですね。

とはいえ、プロの支援者である私がいくらお膳立てしても、本人が受容しなければ、支援者の方に来ていただいている意味が全くなくなってしまいます。それでは税金の無駄遣いです。


受容している家内と、その支援を家内に受容させてくださっている支援者の方々に、心からお礼を申し上げたい気分で今、いっぱいなんです。


問題は。
自治体です。
行政さん。
イロイロございます。
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