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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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介護屋稼業
正確には覚えていませんが、ざっくり13年かな?と思います。最初は措置の末期、支援費が2年でお釈迦になった様に覚えています。それから自立支援法になり、漸くしたい仕事を出来る様になって2年目あたりで、妻と暮らす様になったかな?

妻と暮らして、1年半で、妻を入院させて、退院迄、5ヶ月、精神病院の妻に、週2回くらいは、通って、それから夜勤入り、もしくは明けで面会に行く日々でした。

合間に、精神保険福祉手帳の申請、障害年金の申請、障害程度区分の認定調査の依頼、3級だった手帳を年金証書で2級に書き換えて。

翌年、2009年秋頃から、著しい体調不良に襲われ、精神科の診断書で、3月から休職。4月だったかと思いますが、心筋梗塞擬きの発作が出る様になり。掛かり付けの内科で心電図を取って貰ったら、見事な心筋梗塞的心電図が取れました。血液検査では、本物の発作ではなかったのですが、内科掛かり付けからデータを頂きまして、循環器を受信したところ、瀬戸際状態で゛慌てて、手術で人口弁置換。幸い掛かり付け循環器は、先天性疾患の権威なので、楽になった、と思ったら、復帰したら又ダメで、2年、職場は待ってくれましたが、妻の病状改善せず、様々私にも負担が皺寄せて、遂に私もどうにもならなくなりました。

介護屋稼業を辞めるつもりはないのですが、厄介ですね。

日勤だけで済むところに7月から移りますが。さて?
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