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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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覚えていますか? 7-11のスラーピー
私と同年代の方は、覚えておいでかも知れませんね。

私が育った場所は、今の住まいよりも、更に郊外、要するに田舎でした。

小学校高学年の頃、昭和で言うと、50年頃、ご町内に、7-11が出来ました。フランチャイズだったと思います。

町中で、仰天しました。だって。朝の7時〜開いているんですよ。夜の11時迄やっているんです。

当時、午後7時、19時を過ぎて、外に出掛ける人は、町内には居ませんでした。稀にはあったかも知れませんが、子供にはあり得なかった。

デパートと言うか、百貨店は、17時迄営業。もう少しして、18時になった時代のお話です。

母親にねだって、わざわざ開店数日後、21時頃行きました。勿論、母親と一緒です。

ビックリしましたね〜
今はどこにでもありますが、当時は、ああいう陳列の店はありませんでした。

レジの横に、コーヒーマシーンと、スラーピーのマシーンがありました。いかにもアメリカ的でした。

当時のスラーピーは、ピンク色と、緑色。店員さんが、サーブしてくれました。ドリップコーヒーも見た事がなく、今ではマクドナルドなんかで、当たり前に売っている、蓋のついた紙コップも、凄く珍しくて、両方買って貰った覚えがあります。

スラーピーはドーム型の蓋がついていた様な気がします。カップは今と同じで、プラスチックでした。スプーンつきのストローで。


先程、用事があって、クロネコヤマトに行き、隣の7-11に入ったら、スラーピーのマシーンがあって、ビックリ!

40年振りですかね?ざっと。
店員さんも、上陸当時にあった事を知りませんでした。懐かしくて、一杯買いました。


そういえば、ブリトー、今ありましたかね?あれも上陸当時からあります。
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