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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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坊屋三郎 モダンカンカン~寄席芸能のお話
1974クイントリックスぼうあきれたぼういず - 声色玉手箱灘康次とモダンカンカンと坊屋三郎



大昔の娯楽ですから、訳の分からない方の方が多いとは思いますが、ちょっとYOUTUBUの動画を貼ってみますね。

一番最初のは、TVCMです。1974年ですから、私は小学生。もう腹を抱えて笑ったものです。


二番目のは、レコードです。『声色玉手箱』と言う様です。真ん中が坊屋三郎さんですね。少なくとも江戸時代の娯楽、明治の頃の娯楽が分からないと、何が何だか、どこがおもしろいのか、さっぱり判らないんですけど…

歌舞伎、講談、浪曲、戦後になって、ハワイに行くやら、なんやら、色々な話を面白く音楽にのせて、声帯模写やらなんやら、を繋いでいくんですね。

声色玉手箱 のA面で、坊屋三郎さんが、『あ~春や、春、春南方のローマンス~えーお帰りはこちら~』とやっているのは、戦前戦後に『無声映画』と言うのがありましてね。録音技術がなかったんです。
で、音がしませんから、弁士 と言う方が、その場で、セリフを付けて、状況描写等をして、盛り上げた と言う事が当たり前だったんです。(すみません 私はリアルには見たことないですよ!!!)

その次の『蝶々』の歌は聞いていればお分かりになるでしょう。
とんでもないところに蝶々が止まる=最期は泊まっちゃう。


三番目のカラーのは、坊屋三郎さん、多分、90歳前後ですね。
モダンカンカンさんは、まあ、生まれは戦前かもしれませんが、活躍は、多分、戦後です。
ボーイズバンドなんかの影響を受け継ぐ最後の芸人さんの中、1グループでしょう。

あちこち探した中では、この三番目が一番判りやすいと思います。私も気に入っています。


古い芸能を見てみようか と言う方は、以下の様な検索ワードで検索なさると、かなり出てきます。
グループ名で幾つか、覚えているのを書いてみましょう。

東京ボーイズ
あきれたぼういず
玉川カルテット
トニー谷(アジャパー天国)(チャンバラマンボ)
横山エンタツ 花菱アチャコ(いわゆる エンタツアチャコですね。戦前の一大スターですね。)

榎本健一(エノケンです。たった一つ、レンタルビデオ屋さんで借りられる作品があります。『虎の威を借る男たち』要するに、義経、弁慶の『安宅の関』の話です。富樫が、義経を判っていて、関所を通してやる話)
黒澤明の監督デビュー作 昭和20年9月に出来あがっています。配給は30年ころまで、進駐軍の検閲でストップでした。エノケンの凄さが判ります。

かなり新しいですけど、かしまし娘(少年隊と言うジャニーズのグループがありますが、彼らが40を過ぎても少年隊 なのは、かしまし娘さんと同じで、幾つになっても少年隊 と言う事ですよ。)
かしまし娘さんは、正司歌江・照枝・花江 の3人組ですね。

内海桂子 好江(かしまし娘さんとは違いますよ~。好江さんの方がお若いですが、他界されています。桂子さんは文化功労章みたいなのを貰っている筈です。)

牧伸二(ウクレレを弾いて、漫談をします。結構最近までやっておられましたが?)


音楽じゃなくて、寄席の芸人さんですが…

チャンバラトリオ(3人じゃありません。4人です)
レッツゴー三匹
てんぷくトリオ(お一人の方が若くして他界され、てんぷく何とか と言う名前で、三波伸介さん、伊東四朗さんで、活動されましたっけ。三波伸介さんは早くに他界されました。息子さんが、三波豊一さんですね。伊東四朗さんは、今では、大御所の俳優さんですね。)
脱線トリオ(由里徹さん覚えておいででしょうか 北海道の長万部!と言う決まり文句で一世を風靡しました)
少し新しいですが、ナポレオン(手品です)

漫才師ですと…

獅子てんや瀬戸わんや
Wけんじ
春日三球照代
夢路いとし喜味こいし
ゼンジー北京(何何あるよ!の様な話し方で、笑わせました。今は放送できないかも。民族部別になっちゃいますね。日本の方ですよ。)

漫才師の方が、ド忘れで出てきませんが、私が分かる漫才師さんの最後 は、星セント・ルイスさんですね。プライベートでは色々あったお二人と聞きますが、あれは凄かったです。
彼らが、売れた後、いわゆる漫才ブームが来て、ツービートとか、タモリ?とか?島田洋七・洋八とか、そんなんが出てきたと思います。島田信助松本何とか とかね。

あのあたりからは、私は寄席やら、漫才やら、見なくなりました。あれはお笑いと言う、新しい分野で、歴史を知らなくても、ちょっと面白い事が言えれば、誰でもなれますし。










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