bgcolor="#797979" background="http://templates.blog.fc2.com/template/hiphop/bg.gif">






プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



最新記事



カレンダー

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -



カテゴリ



リンク

このブログをリンクに追加する



QRコード

QR



やっと精神科
1ヶ月半、医師の診察が受けられず、薬だけ貰っていました。

今は、疲労困憊で、どうにもならぬ状態にいます。

やっと医師の診察を受けたら、流石に、15年来の主治医です。何が災いして、あちこちに火が着いているのか、即座に解明してくれました。

成る程ね。

元々、交感神経の感度が高過ぎるんです。それで、精神疾患の酷いのをやったのが、15年程前の話です。

事業所には、今も定期的に通院し、服薬している事は、濁してあります。障害者の生活支援、就労支援はしますが、職員に身体障害者が、例え非常勤でも居るのは、やはり厄介です。

仕方無いですね。
しかし、福祉団体ですから、身体の為に療養に専念したらどうか?みたいな、解雇前提みたいな話は出ません。

これが精神科となると、ちと趣が違うんです。


そういえば。

身体障害者手帳の表紙には、身体障害者手帳と印字してあります。

知的障害者手帳には、○○県療育手帳、です。

精神障害者手帳は、そもそも、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律45条に保健福祉手帳、と言います。略すと、精神保健福祉手帳、です。加えて、表紙には、単に障害者手帳とのみ、印字されています。


先頃書きましたが。

知的障害者は、白痴、精薄と、堂々と法律に書いてあったから。

白痴と言う、ロシア文学がありますよね?今は題名なんと言うのかな?

ちとずれますが、ちび黒サンボと言う童話があります。アフリカ住民の方を侮蔑している、と、言葉狩りがあり、一時、発禁になりましたね。

そんな感じかな。


今は精神薄弱とは言いません。最重度の知的障害者の方も、白痴とは呼びません。

白痴には、知的障害者の方と、精神障害者の方が混ざっていた感じもあります。

キチガイは、主に精神障害者に対して使われていましたね。気が触れる、も同じ。江戸時代に良く侍に使うのが、乱心。浅野匠之頭様、ご乱心!ってのは、罪にしない為の方便で、疾患でも、障害でもありません。

精神障害者の方も、知的障害者の方も、足らない、と言う表現もありました。

落語には、ご隠居と、はちやら、くまやらと、与太郎が出て来ますね。与太郎は、足らない、と言う設定ですから、軽度知的障害者かも知れません。

気うつの病、と言うのは、鬱病です。


ビッコ、片輪、めっかち、めくら、めしい、つんぼ、等は。身体障害者の事ですね。


今は下手にニュースで、犯人はビッコを引いていた、と喋ったら大変です。
片足を引きずる様に歩いていた、と言わねば、たちまち、抗議が殺到し、番組が中止になったり、アナウンサーが解雇になったりします。


ごく50年程前の、文学、映像等には、上記の様な差別語が山程出て来ますね。当時の執筆者は他界、映画俳優もアテレコする訳にいきません。なので、抜け道が掲げられるのです。

曰く。

この作品にはこんにちの価値観に照らして、不適切な表現がありますが、文化的な価値、執筆者の他界等を鑑みて、当時のまま、掲載してあります



言葉は実は、私はどうでも良いと思っています。思想が変わらない限り、様々な差別はなくならないんです。



ややしばらく前に、在宅で、お姉さんが健常者、妹さんが知的障害者、の孤独な家庭の姉妹が、人知れず、孤独死しましたね。報道に寄れば、妹さんは、重度知的障害者の方と、察せられます。


お姉さんは何度も、生活保護課に相談に行かれています。相談記録を見ると、年に何回も相談に来て、赤貧洗うがごとき状態が、どんどん悪化しているのが判ります。

相談員は、毎回同じ説明をして、どうしますか?と、聞いただけです。世間から見放されて孤独に生活している人、その日の食べ物、公共料金、家賃も払えない人に、どうしますか?とだけ聞くのです。

そこ迄困窮している方、判断能力落ちてます。衣食足って、礼節を知る、は正しいです。

役人の言い分は、いつも同じです。本人の意思尊重。本当の本人の意思尊重は、うわべの言葉で、判断する事じゃない。




障害者に限りません。人の支援をしている私でも、精神科の医師と話をしないと、自分で解決出来ない事があります。


日本の福祉は、本人が的確な役所に相談し、複雑な書類を自分で書いて申請しないと受けられません。

挙げ句に、必死に申請にいった人に、自分で申請出来るなら、サービスは不要、と言われたり、申請は受理して、権利享受の為の書類は発行しても、どこの事業者が扱っているかを聞くと、自分が好きな所と自由に契約して良いですよ、等と、実質的な門前払いをする事も、当たり前です。


本人の意思尊重、本人の自由意思って、そういう事じゃないですよね。


そんな風土日本の中で、妻は勿論、私も波風をくらいながら生活しています。
スポンサーサイト





コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック