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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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東北地方太平洋沖地震(M9.0)
2011年3月11日金曜日 14時46分頃。

未曾有の大地震がありましたね。

ちょうどその時間、出勤の為に、車で通勤するところでした。寸でのところで、車に乗る前。助かりました。

当地は、東北の震源地、被災地ではありません。
ホームに出勤してみたら、ライフラインは特変無し。
設備なども破損無し。たった一つ、ブラウン管テレビを利用されている利用者さんの、テレビが、落下しておりましたが、破損はなく、線等をつなぎ直して、元通り。

幸い、作業所からのバスも、以前は、15時出発のバスだったので、危なかったのですが、今は、変わって15時半出発のバスになっています。
14時46分の時点では、送迎バスは発車しておりませんでした。(バスは何便もあります。その作業所の方、誰も被害は無かった と言う事です)

当地は、踏切が非常に多い土地柄です。
私鉄の枝線がたくさん走っています。
出勤しようとしたら、地震直後ですから、まず、自宅近くの踏切が15分閉まったまま。
普段、その私鉄が原因で、そこの踏切は、しょっちゅう開かずの踏切ですが、そうじゃなくて、地震で、安全装置で停まったため、15分閉まったまま と言う事です。


で、ホームは大丈夫。

利用者も踏切と、交通渋滞に巻き込まれ、30分遅かったですが、無事、帰ってきました。

ここで、「地震があったね。怖かったね。」とか言葉のある方にも無い方にも話しました。
「先生(職員さんの事です。)ちゃんとしてくれた?(避難誘導や、保護の事ですが、そんな単語は通じませんから、職員の方が、それなりに保護してくれている筈ですので、「ちゃんとしてくれた?」と言う、訳のわからない言葉を承知で使いました。)」

「怖かった?」

「頑張った?」

等と話をしました。言葉のない方には、ジェスチャーでに「グラグラグラ!」等と言いまして、本人さんも同じジェスチャーをしていますから、「怖かったね。」「大丈夫?」等の言葉を掛けました。

当地直下型 ではなかったので、被害はなかったのですが…

痛感したことが一つ。

反射的に、理事長には、「ライフライン、設備調べて報告します。」とメール。初期には、連絡手段は、まだ、使えました。

ホームに着いて、理事長と、生意気と、新人さんに、「ホーム、ライフライン、設備、特変無し」と送りました。

理事長からは、すぐ返信があり、受信できました。
「了解」。

生意気からは、「偶然地方に行っている保護者の方から、安否確認が入ったので、(どういう状態か、心配ない事を、メールで、生意気と、新人に送ってありました。)鷹山さんのメールを転送しました。」と返信が来ました。

当地で、地震発生から、1時間くらいは、通信制限はなかった様子。2時間の時点では、既に、通信制限がかかり、「こちらはNTTです。ただ今、混雑しております」みたいなアナウンスしか流れなくなりました。

災害時の教訓その1

メール通信が、本来、当法人の通常の連絡手段です。
最低限の情報は、その場にいる職員が、なるべく早く発信するべきでしょうね。

で、受け取った人、「何々メール受信。何時頃。内容了解。」くらいのメールは返信しないと、緊急事態に情報共有が出来ているか居ないか、判らない。

教訓その2

電話が通じないから と、保護者に、利用者の安否、ホームの状態について「メールで送って終わり」はダメです。絶対にダメ。

なぜなら、届くのはいつになるか判らないから。

実際、かなりのメールが、11日14時46分に地震発生後、数時間後に発信したメールが受信者に届き始めたのは、12日早朝くらいから。12時昼頃になったのもありました。

通信制限で電話が出来ない状態ですが。

運良く。

殿様のお父様からは、ホームに電話が入りました。
ヘルパーさんが出て、安全であることを伝え、12日朝、お父さんが、迎えに来るので、その打ち合わせをしてくれえました。

のんびりさんは、偶然、お父さんと一緒に通院でした。お父さんが、ホームに送ってきました。だから、安否確認は要りません。

勿論、ホームは安全な事は伝えました。玄関で。

コーヒーさんの自宅とは、電話がつながったのが、22時半でした。偶然、通信制限のはざまをくぐり、話し中音になったので、慌ててリダイヤルして、繋がりました。非常に心配されていたので、何事ない事を伝え、地方にいる保護者の方の情報などもいただきました。助かりました。

ワンピースさんの保護者の方は、地方に行っておりまして、お姉さん(本人の)が迎えに来る事になっていた。

交通手段遮断にて(ほとんどの電車は、11日終電まで、ほとんど停止したままでした。特に当地では、JRが郊外と都心を結ぶ主要路線になっているところが沢山あるのですが、ちょうど、JRしか手段がない地域(凄い大都会のきっとすごい会社)に勤務されており、会社命令で、帰宅禁止。又、どうしてもと申し出ても、JRが動きませんから、帰宅困難者になっておりました。

地方に行っておられる保護者の方と連絡が取れたのは、深夜0時45分頃です。
メールしたから、平気。
本人たちは無事なんだから、特に連絡しなくても。

その次に、お姉さんが帰宅困難者になっていると知りましたから、そのお姉さんとも連絡です。こっちは、1時過ぎてました。

メールしっぱなしで、保護者の方は、何度受信ボタンを押しても、サーバーにメールがなくて、妄想は広がり、心配は増しで、えらい事になってました。

困ります。本当に。

メールしたから、すっかり安心して、何もしなかった生意気 もいますがね。まあ、彼は、公休だか、夜勤明けでしたから、私がやるのは当たり前なんですけど。

もし、私が、常勤で、ホームを引っ張っている立場だったら。
私が安否連絡を買って出るか、とにかくホームに行くか したと思います。

それはまあ、彼らにはこれからですね。

ご家族への安否確認の連絡は、電話(つまり直接話す)でないとダメです。通信制限かかっていないころだったら、より良いですが、たとえ深夜になっても、通信制限がかかっているのは、ご家族も判っていますから、掛け続けなくてはいけません。

何が大切って、利用者の保護、安全、恐怖をやわらげる が一番大切ですが。

その次か同等に大切なのは、保護者への安否の連絡です。

事業所のトップにもなるべく早く状況の連絡は必要ですね。

で、帰宅困難者になったワンピースさんのお姉さんにも、深夜1時に電話をして、(その頃には、通信制限はかかっておらず、かかりにくい状態でした)本人の受け渡しについて、翌日、交通機関がどうなるか が判らないので、暫時暫定で、「連絡を取ることが出来なかったら、ここの何時 と決めて、お互い、そこで相手がくるのを待つ」としました。

実際には、翌朝12日は、かかりにくいながら、電話は通じる状態になり、打ち合わせして、暫時暫定の決めごとは変更。

ワンピースさんが、偉かった!!
褒めてやりたいです。

地震のテレビは朝からずっと流しておきました。
NHKは淡々と放送しますから、センセーショナルに報道する、民放にしました。

何やら、妙な映像と、どうもおかしい状態らしい、と言う事が伝わるように です。

で、ワンピースさんは、情報整理が特性上下手です。本人のせいではありません。
ごちゃごちゃになるんです。

情報整理をしました。

朝、みなさんに「誰誰さんはお父さんお迎え」「お母さんお迎え」「パパお迎え」等と、その方が認識できる方法で、再確認して。

ワンピースさんは、「○子さん(伯母さまのお名前です。)」と思っていますし、いつもそうなので、本人は、「○子さん」と言っています。

「ワンピースさん。今日はお姉ちゃんだよ。」と伝えて、本人が、「ちーちゃん」と言いました。「ちーちゃん」はご家庭の中での、ワンピースさんのお姉さんの呼び方です。情報を整理して、「今日はちーちゃんがお迎えに来る」と理解したのですね。

で「ちーちゃん、お仕事だから、お昼は鷹山さんと食べようね。ちーちゃん、お仕事おしまいしたら、ちーちゃんと、おうち、帰ります。」とか伝えておくわけです。

で、テレビは、地震情報をセンセーショナルにやっている。

これだけで、ワンピースさん、理解したのです。
ウロウロする癖のある方ですが、他の方がお迎えに来て、どんどん帰って行っても、不穏になりません。
以前は不穏になって大変でした。
障害特性上、情報整理が難しいんです。

で、昼頃。

何とかお姉さんと数回電話で話が出来て、13時頃、お迎えに来ると判りました。

ので。どうせ、私はほとんど寝ていない状態で、残務です。

本日13日日曜日は、殿様が、自宅から夕方戻ってきますので、日曜日は楽をしようと思って、本日の夕食の買い物に行きました。

「殿様の晩御飯、お買い物に行くけど、一緒に行こうか?」まあ、付いてきますね。
留守番は出来る人ですが、買い物くらい、付き合って貰ってもよかろうと思いましてね。

で、お姉さんは、13時に来ます。
本人の朝ご飯は、私があえて起こさなかったので、食べ終わったのが、9時半ころ。

じゃあ、お姉さんにお任せして、外食するなり、自宅で用意して貰うなり、すれば良いので。

「ちーちゃんお仕事終わった。ワンピースさんは、鷹山さんとじゃなくて、ちーちゃんとお昼ご飯食べます。」と伝えて、買い物に。

私もへろへろですから…

食材と一緒に、自分の昼飯と言うか、腹に詰め込むものと言うか、で、スーパーで、ベーカリーコーナーでパンを買いました。

ワンピースさんは、甘いパンが大好きです。

「これえは鷹山さんのお昼ご飯ね。ワンピースさんは、ちーちゃんとお昼ご飯食べます。」

で、食材を買っている時も、パンを買っている時も、ねだったり、ふてくされたり、しません。手伝ってくれます。

ので、最後に、「ワンピースさん、喉渇いたね。暑いね。(晴天で、暑かったんです。)ジュース買うか?」と言うと、拘りのジュースがあるんですが、それを探して、持ってきました。

以前なら、スーパーには言った時点で、ジュース売り場、お菓子売り場、ベーカリーコーナーに走って、何が何でも!だった人がです。

成長したなぁ…

で、帰って、ジュースを飲んで、程なくお姉さんがお迎えに来ました。
以前なら、飛び出してくるところですが、判っているのでしょうね。
飛び出しては来ない。

「ちーちゃんお仕事終わったね。一緒にお昼ご飯食べてね。またね。」と送りだすと、笑顔でバイバイをしてくれました。

それから、又、地方にいる保護者の方に連絡です。
無事に帰られた事、理解が早くできるようになっていて、本人さんも状況を何となくですが、納得していて、不穏になる事もなく、普通に過ごされた事等を報告しました。

自宅に帰りついたころ、お姉さんにも電話をして、「ありがとうございました。お祭り(本当は本日、作業所の大きなお祭りがありましたが、地震の影響で、中止になったそうです。)はこれこれで中止です。ご本人には、伝えていませんので、ご自宅で、お伝え下さい。」と伝え。

今朝、保護者の方が、自宅に帰ってきている頃を見計らって、今度は保護者の方に電話。

何事なかった事、連絡が遅くなって申し訳なかった事等をお話ししました。

お祭りについては…

本人さん、一度思いこんだら、なかなか整理が出来ないんですが、保護者の方が、「あのね。お祭り、お休みよ。お散歩に行こうね」と伝えたところ、すぐ理解され、御散歩を楽しみに、待っているところ と言う事でした。


その他、一日あれば、大抵は、お迎えが来る と判断して、すぐ食べられるお菓子の様なものと、水を24リットル=2リットル瓶12本 用意してありまして、定期的に交換する様にしてあるのですが…

私が倒れたのが、昨年の3月、交換の時期は7月と1月。当然、そこまで気が回らない、生意気と、新人さんは交換していません。

使わずに済んだので、何らかの形で、私が災害時の意外な盲点 みたいな紙でも作って、親御さんがおいでの会議も近々ありますので、その際に、安心できたこと、問題点、情報伝達の難しさ、帰宅困難者に保護者の方がなられた時の、ホームでの本人さんの保護、等について、提言してみようと思っています。

最後に、えらそうなことを書きまして、おしまいに。

私でしたから、何とかしましたが、生意気、新人さんだったら、電話が通じなかったら、メール送っておしまい、か、諦めておしまい、もしくは、「利用者は無事だし」で連絡しないで平気 のどれかだったかも。

それじゃ困るんです。

何かかにやで、昨日でしか出来ない所用もありまして、済ませて、職場でシャワーを浴びて(作業してますから、びっしょりです)帰宅したら、15時過ぎてました。

それから、お姉さんへの連絡やら、他のご家族への地震以外の連絡やらで、16時過ぎまして。

そのまま、ついさっきまで、睡眠薬を飲んで、飲んで、飲んで、とにかくひたすら寝ましたです。

出勤せねばならぬ時間まではもう少しあります。
時間まで、体休めて出勤です。


こんなん出来ないで、(メール送ったしでおしまい。本人無事だしでおしまい)たとえ、夜勤明けでも、公休でも、肩書付き、何もしなかったですね~。

若い、経験が浅い と言う事は、こういう時に出ます。

彼らを否定しても始まらないので、メモして明日の朝は、帰ります。

保護者は、「鷹山だからやってくれた」と思って下さっているかも?知れません。それは「そうです。そうです。若い者には出来ません。」とか便乗しちゃダメです。
口に出すこともそうですが、自分自身もね。慢心はいけません。
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