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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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大動脈弁人工弁置換術を終えて
みなさま、ご心配をおかけしまして、申し訳ありませんでした。
無事、10日に退院し、今は、まあ、ちょっと動いては、寝て、覚めたら、また、
なんかして、と言う正しい病人生活を送っています。

6月29日入院の予定が、28日に早まりました。外科の先生が、冠動脈にもカテーテルを入れて、梗塞がないかどうか、調べたい と言ったからです。

心臓カテーテルは、6月の初めに2泊3日でやりまして、まあ、とんでもないことになっていたので、その時点で、手術はもう確定し、7月1日に仮に押さえておい
てくれたのを、そのまま使って、手術をしました。

なにがとんでもなかったか と言うと、私は、先天性の大動脈弁膜症で、弁閉鎖不全と狭窄、二尖弁の合併症でした。左心室と大動脈の間に、逆流防止の役目をする、大動脈弁があります。
それが開き切らず、閉じ切らない と言うのが、弁閉鎖不全と狭窄です。で、二尖弁と言うのは、先天性がほとんどなのですが、3枚あるべき大動脈弁が、大抵の場合は、2枚が癒着してしまい、結局2枚の形人ってしまっている事を言います。

と、開ききらず、閉じ切らないですから、原因は何かと言うと、若い頃は、2枚しなくても、柔軟に動いていた弁が石灰化してしまいます。

で、若い頃は、出口が狭くても、かなり心臓は頑張ってくれたのですが、今はもうくたびれ果ててしまっていて、まず、心臓の左側(こちらが、全身に動脈血を送り出す方です。右側は、肺に静脈血を送る部分なので、すぐ近くだからそんなに血圧要りません。10とか、20とか、そんなもんです。)は、全身に動脈血を送らねばならぬので、最初から、強靭な筋肉を持っています。
その筋肉が、出口が狭いものですから、その出口から、正常な血圧で出そうと必死になるわけです。
結果、左心室の血圧と、手首の血圧(大動脈の血圧)に圧の差が出来てしまいます。


ここ5年ばかり、無理無茶が当たり前の勤務体制でした。健康な若い方なら、若さで平気でしょうが、こちらは中年、病気持ち。
今まで少しずつは勿論悪くなっていたのですけど、ここ5年で、仰天するような圧の差になっていました。

圧の差が50ミリを超えたら、手術しないとダメなんです。心臓が破たんしてしまうから。簡単にいえば、いつ発作が起こってもおかしくなくて、突然死すると言う事ですな。

外来の簡易エコーで5月頃?まあ、4月に妙な症状を感じ、かかりつけの内科に飛び込んでデータを取って貰ったら、心筋梗塞ぎりぎりのデータで。

で、循環器の主治医のところに行って、簡易エコーで測ったら、圧の差は60ありました。
もう、すぐ検査(心臓カテーテルと言います。足の付け根から、細い管を入れて、いろいな事が正確に検査出来ます。)の予約です。取れたのが、6月3日~5日(入院です)心臓かーテルを入れて、正確に測ったら、なんと!(3回測りました)低くて80、高いと135の圧の差がありました。

手首が120としますと、135高いんですから、左心室の血圧は、255ミリ ですね。爆発寸前です。
と言う事で、「重度の大動脈狭窄症」と病名を付けて、手術になりました。

先天性なんで、段々悪くなるから、本人も気づかない。体調は悪く、鬱状態まで行って、それで精神kの診断書で休んだら、福祉団体でも、精神疾患、精神障害への差別を持っているエライヒトは実はいたりします。利用者さんが精神障害者なら、支援するけど、従業員が精神疾患(精神障害じゃないですよ。一時的な精神疾患ですよ。)は許せない。本来なら雇わなかった、辞めてもらべき重大な告知義務違反だ とか散々罵倒されましたっけ。

重度の心臓病で、手術しないと命が危ない、手術したら、身体障害者一番重い区分の障害者手帳が出る のでが、それにはごちゃごちゃ言わないんですよ。死にそうなのに。命の瀬戸際なのに。身体障害者手帳が出ると言う事は、体に不具合が残る と言う事ですね。精神障害は、頭がうまく回らない。精神疾患は治療をすれば治る。

こんなん、その道30年、40年の人が知らん訳はないんで、要するに個人的な感情による、無意識差別ですね。無意識の差別が一番困ります。意識して差別し散る人の方が、ずっとましです。


閑話休題。




色々な検査をしましたよ。
心臓カテーテル は、痛くはないのですが、体内にぞうりむしの大群が押し寄せてきているようで、変な感じでした。麻酔はびっくりするほど痛かったです。
手術も検査も慣れているので、痛みには強いんですけど、結構痛かったな。
冠動脈カテーテルは、手首の細い血管から入れたので、これはカテーテル管が進んでいく間中痛かった(><)これは、冠動脈と言う、心臓に栄養を送っている動脈が計3系統心臓の周りにあるのですが、それが詰まっていると、心臓に栄養が行かないので、冠動脈バイパス と言う手術も同時にしないとだめなんです。痛い思いをして入れたのに、心臓病患者としては、先天性だから、体がまだ若いので、何も詰まっているものhありませんでした。

それから、頸動脈に梗塞がないか の超音波検査、頭の中に梗塞がないかどうかのCT検査、胸腔内のCT検査、腹部(動脈瘤がないかどうか)のCT検査、レントゲン、心電図、胸部の超音波検査、血液検査、ありとあらゆる可能性を医師がつぶしていきたかったようで、出来る検査は全部した と言う感じでした。

普通は、2日前に入院して、3日目に手術なのですが、検査が増えた為に、3日前に入院して、4日目に手術でした。

手術は私は、麻酔でぐっすり寝ているので、なにも分かりませんが、切っている時間は2時間くらいで、前後処置や処理があるので、3時間少しで、終わったそう
です。

普通は無輸血でやるのですが、(献血の血の感染リスク回避の為)念のために、同意した人は、自分の血を、あらかじめ採血しておきます。400ccくらい。

どうも、私は出血が多かったか、何事かあったかして、無輸血では済まず、最初は、自己採血しておいた400ccを使い、それでも足りなくて、手術中に出血し
た分を、バキュームで集めて、多分、ろ過して、更に400cc、合計800cc輸血したようです。なにがあったのかは、今度、主治医の診察の日がありますから、
聞いてみましょう。

そのまま私はICU直行で、家内と、絶縁している父、妹(家内がプレッシャーで来られないと手術が出来ないので、家内がいたら、そのまま帰って良いから、来てくれと、仕方なく頼みました。縁が切れているんだから、会いたくなかったんですが、父親まで来て、往生しました。口は聞きませんでしたけどね。)は、一応外科の医師の説明を聞いて、「非常に順調で、合併症もなく、大動脈弁を人工弁に置換しただけで済みました。」と簡単な説明を受け、帰宅したようです。

ICUで覚めたのが、夜中かなぁ?比較的すぐに朝になったので、少しは眠ったのかもしれません。途中一度だけ、痛みが強くなりかけて、注射で、痛みどめを
打って貰いました。
私、口から痛みどめ飲めないんです。胃がやられてしまう。半端じゃないんで、何回かの手術で、学習しましたから、注射で入れて貰うようにしています。
で、朝になったらしく、「鷹山さん!8時45分なんで、お部屋に戻りますよ。」と声を掛けられて、「朝ですか?夜ですか?」(まだ麻酔切れ切っていないんで)
「明るいから、朝です。」と言う事で、自室に帰りました。

どうも、あちこち管が付いている様子。
ICUにいる時は、頸動脈にカテーテルが心臓付近まで入っていたはずなんです(怖い、怖い。頸動脈に穴開けて管突っ込むんです。ICU迄は、管入ったまんま)が、いつ抜かれたんだか、部屋に戻った時には、ありませんでした。
凄いでしょ?頸動脈ですよ。穴開けて、カテーテル管入れちゃうのよ。

バルンカテーテルと言って、トイレに立てませんから、用が足せるように、管が入っています。尿意を感じる前に自然に出ていくんです。

ドレーンと言うものもついています。心臓を切って、中をいじくるわけですから、血液とか、体液とかが、体の中で出続けてしまいます。それを外に出すために、又穴をあけて、管を体の中に通して(2本ね。)それをドレーンタンクと言うのに繋いで、ためるのです。私は比較的量が少なくて、すぐ止まってしまったらしいです。

心臓には、手術中不整脈の発作が起こった時の為に(3~4割の人は出ます。私も出ました。)外付けで、ペースメーカーを取り付けておきます。そのレーン
(と呼ぶらしいです。電線です。要するに。)は心臓に刺さっています。それはかなり長く抜けませんでした。
外科の先生と言うのは、自分は痛くないので、結構乱暴。この電線を抜いてくれた先生、途中でひっかかり、「先生、痛いですが。」と言うと、「はい。痛いです。」でおしまい。びゃー!と勢いよく引っこ抜かれました。

ものはなんだか私は分からなかったのですが、胸の左右?あたりに、バーベキューの串みたいな金属製の棒が2本入っていたようです。これはかなり早い機会に抜けましたが、別の外科の医師の方が、「ちょっと痛いので、深呼吸して下さい。大きく吸って、はいて、もう一度吸って、はい、抜きますよ。」と声をかけてくれて、その通りにしたら、ちょっとマシだったかな?でも、これも結構痛かった。

ドレーン管を抜くのも結構痛いんですが、「あとで抜きに来ます。」と言われて、そのまま眠ってしまい、寝ているうちに、抜いてくれたようで、痛い思いはしませんでした。その前に、バルンを抜きましたね。これは別に大して痛くありません。

困ったのは、私は手術後の体内酸素濃度がものすごく低くて、1分間にマスクで10リットルの酸素を入れられていました。2日目くらいに、「苦しくない?」と
何人かのスタッフの方に言われ、「苦しい感じはまったくしません。」と言ったら、カニューレ管(鼻に2本短いストローみたいなので、入れるヤツ。)になっ
て、1分間に4リットルになりました。

この酸素の管がなかなか抜いて貰えなくて、壁の酸素の口につながっているのを、トイレとかに行きたいたびに、ナースコールをしなくちゃいけない。それから、酸素と言うのは乾燥しているので、鼻の中が出血して、痛いんです。邪魔ですし。
で、約1週間夜はほとんど眠れませんでした。1.5時間おきに目が覚める。全然寝た気がしない。これが一番まいりましたね。

しかし。酸素が外れてからは、みるみるうちに元気になり、本当は、12日月曜日まで粘りたかったんですが、(ゆっくり休養したかった。)病院さんは、9日の
金曜日に退院してほしかったようで、結局主治医が交渉してくれて、10日土曜日になりました。

病棟では元気いっぱいでしたけど、それは完全看護のお陰で、退院の時、と言うか、手術の後は、家内は体調が悪く、一度も来られなかったし、私も来るな と
言ったので、退院の日も荷物は売店から宅配便で送り、一人で退院してきました。

それは良いけど、数日はえらい体がきつかったですよ。

今はもう1週間たったし、コツも分かってきたし、少しは動いたり、外を歩いたり、疲れたら、昼寝もいっぱいして、少しずつ少しずつ薄紙をはがすように回復
しています。

車の運転、買い物の荷物を持つ、は一カ月はダメです。腕の動作制限は、もっと長くて、3カ月。留置ワイヤーと言う金属製のワイヤーで、切った胸骨はがっち
り留めてあるのですが、くっつくまでは、3カ月かかります。その間は勿論、ブルーカラーの私は仕事もダメ。

今まで心臓は46年間少しずつ悪くなって、どうも、昨年の秋くらいから、もう限界、どうにもなりません状態になっていたようです。その為、鬱状態に迄行って
しまったと言う事で、根源は心臓の悪化に、人間の限界みたいなシフトと、家内の入院、介護が全部重なったため と言う事らしいです。

段々悪くなるから、本人も、医師もこんなにものすごい事になっているとは夢にも思わず…
なにしろ、どうも最近太って太ってたまらない、疲れて疲れて、家内の介護も億劫な状態なのに、なぜ?と思っていたら。
心臓の状態の悪化による、病的な浮腫でした。浮腫=水の溜まりが6キロありました。手術後2日で、6キロきれいに落ちました。
でも、まだ、少し太りすぎかな。あと2キロね。

と言うわけで、今は自分の事がやっとの状態、家内も非常に具合が悪いで、めどが立ちませんが、秋頃、仕事に復帰できるかな?と言う感じです。

ワーファリンを飲まねばならなくなり、良く調べたら、「ワーファリンの効果が薄れるので、飲み合わせてはいけない」と言う薬表(全部で、100か200の薬がダメ)に、今のんでいる薬が2つもあって、(病院でも入院中飲んでました。誰科気付け!ジェネリックで飲んでいるので、チェックミスみたいです。)慌てて、病院に連絡したり。

心臓は馬鹿なので、正常になっても、今まで通りのものすご圧力で、大動脈に血液を押し出して来ますから、血圧降下剤で、コントロールしています。心臓御勉強すれば、要らなくなるかもしれませんね。

私が先天性の心臓病と分かったのは、小学校の時、結核の健康診断が全校であったんです。
で、母が「ぜんそく性気管支炎の既往がある」と書いたところ。
何故だか知りませんが、精密検査にまわされまして、その中に偶然、心電図があったんです。

で、その心電図はおかしかった。

で、地域の大きな病院の循環器科に紹介状が出て行ってみたら、「まだ子供だから、どうなっていくか、わからない。うちでは責任が持てないので、もっと詳しい専門家のいる大学病院に紹介します。」と言われて、また、そちらへ。

その紹介先(医師指定で紹介してくれました。)の医師の方、数年間に他界されましたが、小児心臓病の権威で、今でも、循環器の医師、とくにわかいひとは、「○○先生は神様みたいな存在ですよ。僕らには、今でも。ああいう医者になりたい。」とおっしゃる方が結構います。

偶然に偶然が重なって、40年間薬ひとつ飲まずに済んで、今の病院は、最初の大学病院のまあ、系列と言うか、今、日本では、一番手術実績も成績もトップだと思います。

まだまだ切って2週間、少しずつ体を慣らして、元気なりたいと思います。

皆様、ご心配をおかけいたしました。
これからもよろしくお願いします。
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