bgcolor="#797979" background="http://templates.blog.fc2.com/template/hiphop/bg.gif">






プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



最新記事



カレンダー

02 | 2020/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



カテゴリ



リンク

このブログをリンクに追加する



QRコード

QR



自転車の手つなぎ~「すみません」
大分前なのですが・・・
自転車が2台並走していて、お手手を繋いでいる と言う光景を見ました。1台が少し前、1台が少し後ろ。
女性が前、男性が後ろ。

やけに仲良しねぇ~。危ないよ。

と思った私、ちと変なことに気付きました。
手のつなぎ方がですね、独特だったんです。
声も掛け合っている様子でした。

そこは当地方独特の自転車と歩行者の専用道路での出来事。
推察するに、どうやら盲の方の自転車へのガイドヘルプだったような気がしてなりません。
前を走っていた女性がガイド、後ろを走っていた男性が当事者さんではなかろうか と。

私は盲の方のスポーツについては全然詳しくないので、真偽のほどはわかりませんが・・・

時々ご一緒する当法人の利用者の方で、重度の知的障害があるが、アパートで独り暮らし と言う方は、目が見えない と言う事は、余り不自由しておられない印象を受けます。何故でしょうか?

NHKの福祉の番組などで、盲の方を「見えない方」聾の方を「聞こえない方」などと称しているのに出会います。
見えない方、聞こえない方、は、事実現象が分かりやすく、ご本人もご自分の考えを主張できる方が多いので、かなり工夫した総称があちこちで考えられて用いられていますよね。
知的障害者の方は、まさか「頭のご不自由な方」と言う人はいませんし、精神障害者の方も称しようがないので、それで「障碍者」とか「しょうがい者」とか文字を作るのかな?と思ったこともあります。
私は意味はこめないので、「障害者」と単純に書きますけど。

障害者と言う言葉も、「障碍者」とか「しょうがい者」とかいろいろ意味を込める方もありますね。

あら。

話が脱線しました。

で。先ほど話題にした「たぶん見えない方=盲の方」らしき男性と、先導していた女性(たぶんガイドヘルパー)はかなりのスピードで走っていまして、スポーツとして自転車に乗っておられる様子でした。

こういう光景、実は賛否両論あります。
権利だ と言う分かりやすいお話。
危ないから迷惑 と言う、これも分かりやすいお話。

両方正論に感じるのは、私だけでしょうか…

シチュエーションがまるで違いますが、私がガイドヘルプに出る時は、いわゆる重度の知的障害者の方につくことが多いです。
しょっちゅう言っている言葉は何か と言えば、「すみません」です。
知的障害者の方が歩行して何が「すみません」なのか、突き詰めると人権問題になってしまうのですが、やっぱり一番スムースに事が運ぶのは、「すみません」なんですね。

同様に、アスリートの盲の方が自転車専用(まあ、そこは歩行者も通りますが。兼用なので。)ガイドヘルパーを使って、レースの練習をする。
簡単なようで、いろいろ立場が違うと文句の出る場所が違ってくるわけなんですね。

知的障害者の方でも同じです。
しょっちゅう「すみません」と言いながら、利用者と歩いている私ですが、「すみません」で、円滑に事が運ぶなら、それで良いのではないか?と言うのが立場です。知的障害者の方は迷惑だからすみません ではないのですよ。
世間と言うものは、意固地になればなるほど事がスムースに運ばなくなります。
だから、敢えて「すみません」なんです。

自転車の2人づれの方々、何回思い返してみても、盲の方とガイドヘルパーにしか思えないのですが、「すごいね」と言う人あり、「迷惑じゃないの」と言う人あり、私はと言えば、「こんなガイドヘルプがあるのかね?」と驚いたという始末で、結局結論は出ないのですけれど。

うちのホームのコーヒーさんは自由に散歩をするのが好きですが、大体の危険予測はできます。
だけど、夢中になってしまうと、危険予測しないことがある。
そうなると交通事故が起きるので、言葉をきめて通じるようにしてあります。

どんどん先に行ってしまって、迷子になりそうな時は(滅多にありません。コーヒーさんは地理的感性に非常に優れていますので、なんとかかんとかホームまでは帰れます。しかし、帰って良いかどうかの判断ができない時があり、ずっと迷った場所で待っていたりするのです。)「ストップ!」と声をかけます。
情報票にも「止まって貰いたいときは、ストップ!と一声かける。二度かけると、解除されたと思って、歩き出してしまう事があるので。」と注意書きしてあります。(これは私が書いた)

細い路地などで車が来ることに気付かず、道路の真ん中を堂々と歩いている、あちらから車が来るのに立ち止まらず正面衝突の可能性がある、などの時は、「車!車!車!」と3回声をかけます。と、コーヒーさんは、道路の端に適切な方法で車をよけてくれます。

本当は、声ではなくて、ちょっとした世間の方にはわからないようなジェスチャーの方が良いのですが、コーヒーさんの場合は、周囲を見ずに好きなように歩く と言うスタイルなので、これしか方法がありません。

で、すれ違う車には、やっぱり「すみません」と言います。頭も下げます。(本人も一緒になって頭下げていますけど。)

どうなんでしょうね。

人権だ と叫べば、盲の自転車のアスリートの方も、散歩しているコーヒーさんも「人権だから、健常者(と言う言葉はあまり好きじゃないですが。一般人とでも言いますか。)がよけるべきだ」 と言う事になりますし、「だから障害者は迷惑だ」と言う事を言いますと(表だっていう人はいませんよ。いまどき。)山奥に住めば良い と言う事になり、どちらもかなり極端です。

地域での当たり前の生活 とわれわれ、「障害者地域日常生活支援者」は良く言いますが、「地域での当たり前の生活」とは何か を考えると、これ、結構難しい問題でもあるのです。


最初に戻って、二人で並走している男女の自転車乗りの方々は、かなりスポーツとしてやっておいでのようでした。

盲の方と聾の方とどちらが「より不自由か」と言うつまらない話題が上ることがありますけれど、私のごくごく個人的な感性では、聾の方の方がご不自由だろうと思います。

たいていの情報は、耳からなら、いつでも入ります。
目からの情報が入ってもわからないことはたくさんあります。
例えば電車が急停車した と言う様なごく日常的なことでも、福知山線の脱線事故なのか、信号待ちなのか、聾の方は分かりません。乗客に聞こうにも手話のできる乗客を探すのは、厄介です。

こんなことから、最近はかなり社内テロップが出るようになっていますけれどね。


福祉って、区別は必要だと思うんですよ。
まったく同じではないのですから・・・
区別と差別をごちゃにするから、話がこんがらがるんです。

自転車のお二人は、かなりの方の目には「カップルで手なんかつないじゃって」と映ったと思います。私も遠くから見ているときはそう思いましたから。


人間だれでも苦手なこと、できないことがあります。
健常者、一般人などと言っても、する事が不能なことがある人はたくさんいます。それが人間です。
ある大きな円周を描いたとして、その円周の周囲にはボーダーラインの方もたくさんいます。グレーな部分、正常、異常が判断できないこともたくさんあります。

だからこそ、「すみません」はやっぱり使いたいと思うのです。
人間だからこそ、みんなが「すみません」と言う気持ち、「いえいえどうぞ。」と言う気持ちで暮らせないかなぁ と思う事があります。




完全な蛇足。

ワタクシに出来ない事、不能な事

私は時計が見られません。恐怖症と言ってよいでしょう。
特に夜は全然ダメ。仕事中はある程度見られますが、プライベートでは自宅に時計をもったことがありません。今は妻と一緒の生活ですので、妻は持っていますが、私の目に触れにくいところにおいてくれています。私自身は、ある場所を避けて視線を送ることができるので、場所さえわかれば見ないで済ませる変な能力があります。

これは10年以上前、初めて精神疾患を発症した時に不眠になり、「今眠らないとあと○○時間しか眠れない」と恐怖を味わったからです。
同様に時計の音がダメです。「ち、ち、ち」と言う、秒針の音、あれ聞くといてもたってもいられません。

だから、私が持っているのは、仕事で必要な完全防水の腕時計だけ。パソコンも時計表示は消してあります。PHSも表示が出るところはわかるので、指で押さえて見ません。

ここまで来ると、かなり病的です。

でも。

生活しています。
仕事ができます。
きっと誰かの役には立っていることでしょう。

だから、「すみません」で良いのではないかな?と思うのです。


スポンサーサイト





コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック