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プロフィール

鷹山あきら

Author:鷹山あきら
旧自立支援法の介護屋でした。重度知的障害者の方への、地域日常生活支援をしておりました。

本人は先天性心疾患があり、近年、急変。
先天性大動脈弁膜症・弁閉鎖不全・弁狭窄・二尖弁の悪化で、2010年7月に人工弁置換済み。最重度の身体障害者になりました。

ずっと障害者総合支援法の介護屋を続けたいと思いましたが、不能になりました。

妻は精神障害者で、寝たきりに近い状態です。
様々な支援者の方に助けられ、私たち夫婦は何とか生活しています。

2014年1月、やむなく(障害年金だけで生活は出来ません。フルタイムでは私は働くことが不能になりました。)病院の看護助手のパートに切り替えました。2015年1月、老健の通所に切り替え、2016年3月、老健も不能になり、仕事探しに苦慮しています。障害者って、使いにくいのですかね。どこも1年ほどでお役御免になってしまいます。


日々こもごも。色々な雑談を。

LOVEROGからの引越しです。(妻は元SEなのです)



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1月17日
15年程前、私には子供がありました。

違いますよ。私は婚姻した事がありませんし、実子は居ません。

国際NPOによる、経済支援をPhilippineの9歳の女の子にしていました。一月5000円の支援でした。その女の子の誕生日が1月17日でした。

彼女から、NPO経由でお見舞いの手紙も貰いました。Philippineでも報道されたそうです。

13年前に阪神大震災はあった訳ですが、その後体調を大きく崩してしまった私は、数年の療養生活を余儀なくされ、社会からdropoutの日々でしたから、経済的、精神的余裕がなくなり、中断してしまいました。その支援を。

学校の先生になりたい、と、彼女は書いて来ていました。もう20歳を過ぎたかも。Philippineでは婚姻年齢が若いので、結婚したかも知れませんね。

実はその前に支援していた、やはりPhilippineの3歳な男の子は、災害で亡くなり、支援が終了になり、他の方をと希望して紹介されたのが、彼女だったのです。

経済的里親は、自分の都合でいつでもやめられます。里子の方も支援が必要なくなったら、いつでもやめて良い制度です。



又、やりたいな、とは思うのですが、お金を出すだけの支援にはしたくないので、ちょっと迷っています。
里親は手紙を書く義務はないのですが、そういうものでもないでしょう。
その子供がその地域での成人に達するか、婚姻、就職などで経済的に自立する迄の10年単位の支援なのです。だから一月5000円なんですけれどね。

私が参加していたのは、fosterparentと言う制度で、fosterplanと言うところがやっているものです。現在も活動しています。

Philippineの子供さんを指定したのは私でして、catholicの家庭を、と指定しました。発展途上国でAsiaでは、Philippineの方にcatholic信者が多いからなんですが。

1月17日近くなると、震災と共に、彼女の事を思い出したりします。元気に学校の先生になっていたら良いなあ。

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